日中の気温36℃ 最低気温25℃、いつも穏やかな風が吹き 夕方にはシャワーが有り、穏やかな

ダバオです。

(慰霊祭)
13日に、ダバオの旧日本人墓地(現公営墓地)に於いて、日系人会、領事館共催で

慰霊祭が執り行われました。マニラでは昨日15日に戦没者慰霊祭執り行われました。

ダバオでは戦没者だけでなく、明治時代からの移民で当地で亡くなられた日本人も慰霊

していますので、慰霊祭とよんでいます。ダバオは日露戦争のころ、アメリカがバギオに

通ずる山岳道路、ベンケット道路を建設に当たり、フィリピン人作業員は事故続きで作業が

進みませんでした。そこで日本で作業員の募集をし多くの日本人が工事について無事完成させました。

当時の日本は貧富の差が大きく、農家の次男、三男は帰国してもその後の展望はなく多くの日本人は

マニラ麻(アバカ栽培で景気の良かったダバオへきてアバカ栽培に従事しました。

これが東南アジア最大の日本人街が生まれたきっかけです。皆成功し、当時はベンツの

台数は東京より多かったそうです。墓地内には先亡日本人慰霊碑の他、沖縄県、福島県、三州人の慰霊碑が

あります。個人の墓は戦後、山下財宝を探す人で墓石は壊されて墓地は荒れ果ていました。

昭和50年に日本政府により整備されて、個人は納骨堂を作り、一か所に納められています。

(その後のドゥテルテ大統領)
麻薬が氾濫しているフィリピン。大統領は半年で撲滅すると宣言し着実に実行しています。

容疑者殺害は500人を超え、殺されるのを恐れた容疑者16000人が自首してきました。

なかには、判事、国会議員、警察署長、警察官、教員もいるそうです。有る警察署では、所長が

密売のボス、署員が密売人と警察署ぐるみで麻薬密売をしていたところもありました。

また、大統領は自治体幹部ら150人の薬物関与者を名指しで公表しました。既に

バランガイ(行政の最小単位)キャプテンや町長5人が自首しました。警察官150人も

薬物関与で解任され、刑事訴追されました。関係者は戦線恐慌ですが、一般市民は歓迎

されています。

この超法規的な事態に批判をしている人権団体もいますが、ドゥテルテ大統領は人権は

善良な市民に与えられているものであると意に介していません。多くの国民はこの処置を

支持しています。 マニラ市内の悪名高いタクシーも少しづつ改善されているようです。

先日、岸田外務大臣がダバオで大統領と会談し、南沙諸島の中国による一方的侵入、占領

問題について会談、戦略的関係強化で合意しました。また、道路、鉄道などインフラ整備も

加速するようです。マスコミでは当初、親中派大統領と評価され、日本政府は一歩引いていましたが、

我々、身近でみていると、親日家で東日本大震災の時も真っ先に被災者はダバオに来て

心を癒してください、土地は用意しますと申しでました。今回の就任でも各国大使がお祝いの挨拶に

来ましたが、彼は最初に日本国大使に会いたいと先に来た、大使を待たせて日本の大使と会いました。

日本政府もやっと親日家大統領と分かったようです。3年前正月の家族旅行では家族はアメリカを希望

していましたが、日本へ来ました。福島を見て、新宿のホテルに泊まり、吉野家の牛丼が気に入り

3回食べたそうです。

フィリピンもポケモンgoが始まりました。ダバオでは未だ熱狂的な状態にはなっていません。

警察から安全ガイドが発表されました。



                                  (8月16日)