バリ先住民の村(2)
Terunyang(トゥルーニャン)

風葬の村として知られるトゥルーニャンの人々は、バトゥール湖の畔に住み今でも他の地域の人々との交流をかたくなに拒み、風葬の習慣に代表される様に、独自の文化に支えられた生活を送っている。

写真(右)はバトゥール湖畔の村、トヤブンカの対岸に位置する凡そ500戸のトゥルーニャン村。この村に通じる道はなく、小型エンジン付の小船に頼るしかない。

写真(下左)は、遺体を地面に寝かせ野犬や野鳥からの損傷を受けることを防ぐための竹柵で囲い白骨化するのを待つ。

写真(下右)は遺体が完全に白骨化した後に、頭蓋骨、胴体、脚部に骨を分け傍らの安置場に置く。

トゥルー・ムニャン伝説
大昔東部ジャワのある王国には東方から風に乗ってやって来る大変芳しい香が話題になっていた。

そこでこの国の王は二人の王子に、良い香の元を探して持ち帰る様に命じて旅立たせた。二人の王子は東へ東へと旅を続け、海を超え山を超え、やがて大きな湖の畔に到着すると対岸から非常に良い香が漂ってくるのが分かった。

香を求めて湖を渡った王子達が見たのは、芳しい香を発するトゥルー・ムニャンの大木とその木陰に休んでいた大変美しいこの土地の姫の姿であった。

たちまちこの姫に恋した兄王子はこの地の王でもある姫の兄に結婚の許可を貰おうとするが、王は「この地はいつも、良い香の元を求める他国から攻め込まれ困っている。お前が自国を捨てて、ゆくゆくはこの土地の王となり他国の侵略から国を守ってくれるなら妹を嫁にやろう」と言われ、その事を弟に伝え、この地に留まり姫と結婚することになる。

結婚した後、王の言う通りこの地は他国からの侵略に晒され闘いに明け暮れていた。兄王子はこの土地に攻めて来る他の国は、芳しい香の元であるトゥルー・ムニャンの木を奪うことだから、この木から出る匂いを止めればよいと考え、それより後は、この土地で村人が亡くなると遺体をトゥルー・ムニャンの大木の下に置き、ソヨソヨと吹く風の中で白骨となるまで放置するという形で葬儀を行うことにした。

以来、トゥルー・ムニャンの大木の香に中和されて遺体の腐臭はせず、その代わりに大木の香も感じなくなったため他国から攻められることも無くなったと言う。

以来、人々はこの村を、トゥルー・ムニャンの村と呼び、長い年月を経る中で発音が転じてトゥルーニャンと言う村の名前になったと言う。

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