【長期滞在情報】
注意点

日本総領事館
ふた昔以上にもなるでしょうか、日本人の海外旅行者数が急速に伸びている頃、日本人男性の東南アジア各地での問題行動が相手国の人々から厳しい顰蹙をかい、『日本人は!』『日本は!』と世界的な批判の矢面に立たされた時期がありますが、現代では『旅の恥はかき捨て』と言う日本人特有の考え方は、旅の形が団体旅行から個人旅行に移行した今日でも海外では全く通用しないという事を海外に居住してみて改めて実感させられます。

旅行にしても住むにしても、海外での行動は全て自己責任であることは言うまでもありません。しかしそれは人として最低限のマナーに過ぎず、いかなる組織や団体にも所属せず完全に独り身の気楽な旅であっても、海外では完全な個人とは解釈されないという事を常に念頭に置くべきと思います。

例えば一人の日本人が海外で問題行動を起こし警察沙汰や裁判沙汰になった場合、その地を管轄する当局は必ず近くの日本領事館か大使館に連絡します。連絡を受けた領事館は事情調査や身柄引取り交渉を開始すると同時に、本国への連絡や、問題行動を起こした本人の家族や所属する団体または企業に、問題解決のための措置をとる様に連絡します。

その間、この日本人の問題行動が大きい程、その地域に居住する日本人達は、多かれ少なかれ『日本人は〜!』と言う非難の目を向けられることになり、本人は、自己責任だから他人は関係ないと思っていても、その行動は実に多くの人に迷惑が掛かるという現実があります。

最近では海外に関連の深い企業や団体は、海外に出た折の注意点について『積極的な啓蒙・指導』に努めていますが、他所の国に足を踏み入れる個人も、自分は常に、所属する団体・企業の、又は日本人と言う『看板』を背負っていると言う意識を持つことが重要です。

下記は極端な例ですが、ここ10年以内にバリ島で起きた典型的な失敗例です。

失敗例

例@
広島のA氏の場合

日本のある大企業の中間管理職であったA氏は部下の扱いに苦慮し欝病になり、会社から1年間の休職を命じられ、療養のつもりで単身バリ島に住み始めるが、バリの事情も知らず言葉も出来ない彼には話し相手さえも見つからない。

2ヶ月毎(当時)にシンガポールに出て再入国と言う方法の長期滞在も親切な一人のインドネシア人の世話でこなしたものの、2回目の再入国頃から退屈を感じ始めた彼は、ある日突然に宿を引き払い、バリ島からフェリーで渡る港町・バニュワンギ(東部ジャワ)に移り住む。

この地で彼は次々と女性問題を引き起こすが、終には一般家庭の子女に月々の援助と将来的な結婚を約束して現地妻にする。ところがA氏の家族からバリ島に送られて来ていた日々の治療薬と月々の生活費も止まり、毎日の食事にも事欠く様になり本来の病気も悪化し、精神的に異常をきたした彼は暴力的にもなり警察の世話になると同時に、約束を反故にされた女性やそれ迄に被害を与えた人達から訴え出られた。

州当局は日本の家族と彼が所属する会社に、身元引取りと損害賠償を要求したが、A氏が常に会社の名刺を使用していたことから、所属する団体に責任ありとして会社が損害賠償をすることになったものの、A氏の家族は身柄引取りを拒否したため、彼がその後も数年間は獄中にあったと言うが、最近では、獄死したとか日本の施設に強制送還されたとかの噂があるが定かではない。

例C 白人女性D嬢の場合
バリ島に入って来たオーストラリア人女性が、スーツケースに入れて大麻を持ち込んだとして逮捕され、20年の実刑判決を受ける。本人は、自宅を出発する時点から逮捕まで間、全く身に覚えがないと主張し、バリ在住のオーストラリア人の中には同情論も高かったが、実際上に持ち込んだと言う事実を前に彼女の主張の正しさを証明する手段はなくクロボカンの刑務所に収監された。

外交ルートを通じて連絡を受けたオーストラリア政府は外務大臣をジャカルタに派遣し、インドネシア中央政府と国家間交渉を重ねた結果、女性はようやく釈放されたが、収監から釈放まで数ヶ月を要した。

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