「9月3日はフィリピンの終戦記念日」

太平洋戦争、フィリピンでの戦いはバギオで始まりバギオで終わりました。

昭和16年12月8日、真珠湾攻撃から遅れること数時間、フィリピンでの戦いは、台湾の基地から出撃した日本軍航空隊の爆撃で始まりました。

台湾を出撃した航空隊、マニラ・クラーク・バギオの3ヶ所を攻撃し、クラーク基地のB−17爆撃機をすべて破壊しました。バギオでは市街地を避けてキャンプジョンヘイとロアカン飛行場が爆撃されました。

そして昭和20年、8月15日、フィリピンでは正式な停戦命令が届かなかったので結局終戦は9月3日のバギオでの降伏調印式と言う事になっています。

9月1日の市制施行記念日の2日後の終戦記念日、バギオは全くいつもの平日と変りませんでした。TVニュースにも新聞にも全然報道されませんでした。

数年前には9月3日をバギオの戦勝記念日としてパレードもしようと言う動きもありましたが、8千人を数える日系人を意識してか、親日派の市長、その動きを握りつぶしてくれました。

そういえば、15年前私がバギオを訪れるようになった頃には4月25日に国際友好日のパレードが小規模でしたが行われていました。

聞くところによると以前はずっとバギオ解放記念日として祝っていたそうです。
戦後50年の式典がバギオで1995年4月25日に行われてときに、もう戦後ではないとして、日・米・比の退役軍人が肩を並べて行進したそうです。

その後4月25日は友好親善デーとなり、それもいつしかパレードもなくなってしまいました。

マニラと並ぶ激しい市街戦ですべてが灰塵と化したバギオ、今はそこに住むフィリピン人ですらその歴史を知る人も少なくなりました。

太平洋戦争末期、日本軍司令部がおかれたバギオ、今は静かな高原の国際観光都市と変っています。


              

                                        (2014年9月8日)
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